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札幌高等裁判所 昭和52年(行ス)2号 決定

昭和五二年(行ス)第二号事件抗告人

同年(行ス)第三号事件相手方(第一審相手方)

右代表者法務大臣

福田一

右指定代理人

末永進

外四名

昭和五二年(行ス)第三号事件抗告人

同年(行ス)第二号事件相手方(第一審申立人)

甲(仮名)

昭和五二年(行ス)第三号事件抗告人兼同年(行ス)第二号事件相手方甲(以下、第一審申立人という)の申立にかかる函館地方裁判所昭和五二年(モ)第一〇一号訴訟救助申立事件につき、同裁判所が昭和五二年五月一七日になした決定に対し、第一審申立人及び昭和五二年(行ス)第二号事件抗告人兼同年(行ス)第三号事件相手方国(以下、第一審相手方国という)の双方から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一(一)  原決定第一項を取消す。

(二)  函館地方裁判所昭和五二年(行ウ)第三号事件のうち、第一審相手方国(同事件被告)に対する請求部分についての、第一審申立人(同事件原告)の訴訟救助の申立を却下する。

二  第一審申立人の本件抗告申立を棄却する。

三  昭和五二年(行ス)第二号事件の抗告費用及び昭和五二年(行ス)第三号事件の抗告費用は、いずれも第一審申立人の負担とする。

理由

一第一審相手方国の抗告の趣旨及び理由は、別紙一記載のとおりであり、第一審申立人の抗告の趣旨及び理由は別紙二記載のとおりである。

二先ず、本件抗告事件記録及び函館地方裁判所昭和五二年(行ウ)第三号損害賠償等請求事件記録によれば、第一審申立人は、第一審相手方国及び第一審相手方函館少年刑務所長を被告として、昭和五二年三月二五日に函館地方裁判所に対し訴を提起したこと、これによる函館地方裁判所(行ウ)第三号損害賠償請求事件(以下、これを「本案事件」という)の請求の趣旨は、「一 被告国は原告に対し金二万円及びこれに対する本書面送達の翌日から年五分の割合による金員を支払え。(第一審申立人は、原決定がなされた後の昭和五二年五月二三日に同裁判所に右請求の趣旨を「被告国は原告に対し金二〇万円及びこれに対する本書面送達の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」と変更して請求を拡張する旨記載した書面を提出したが、原決定の主文第一項の効力が、右請求拡張部分に及ばないものであることはいうまでもない。)。二 被告函館少年刑務所長は原告を札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号事件の公判(口頭弁論・証拠調等全審理)に出頭させる義務があることを確認する。三 被告函館少年刑務所長は原告に対し札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号事件の公判出頭を不許可にしてはならない。四 被告函館少年刑務所長は原告を札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号事件公判に出頭させよ。」というに在り、その請求の原因は、「一 原告は函館少年刑務所に在監し、原告の提訴にかかる札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号事件を自ら追行しようとしている者である。二 しかるに、原告が右事件の口頭弁論期日に出頭許可の申請をしたのに対し、被告函館少年刑務所長は、二回に亘つて不許可処分をした。右出頭不許可処分は、二回とも1懲役刑の目的に支障をきたすこと、2離婚事件以外は本人を出頭させるなという矯正局長の通達があること、3遠隔地への移送は問題があること、4代理人をつけることができること、5警備の人員がないことを理由とするものであつた。しかしながら、凡そ裁判所に事件の当事者本人として出頭する権利は憲法上のものであり、右のような理由で出頭を不許可にしたのは、人権を蹂躪するものであつて、著しく正義に反し、違法である。よつて、被告国の公権力の行使にあたる公務員である被告函館少年刑務所長の右不許可処分は、公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に原告の権利を侵害したものであるから、被告国はこれによつて原告の被つた損害を賠償する責任がある。原告は右の二回の不許可処分により精神的に重大な苦痛を受けたが、これを金銭に見積るとすれば金二万円を下らない。三 また、前述のとおり被告函館少年刑務所長が二回に亘り出頭不許可処分をなしたこと及びその挙示している前示の理由からすると、同被告は、今後も、前記事件の期日に出頭許可を求める原告の申請を不許可にするものと考えられる。四 よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。」というに在ること、第一審申立人の本案事件の前示請求の趣旨、同原因にいう、札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号事件というのは、第一審申立人が、他数名の者と共に原告となり、国を被告として提起した金二〇万円の損害賠償請求の事件(以下、これを「札幌地裁事件」という)であつて、その請求原因は、要するに第一審申立人らが札幌拘置支所に在監中に当局より不当違法な処遇を受けたというに在ること、而して、第一審申立人は、札幌地裁事件の第一回口頭弁論期日には、札幌拘置支所長の許可を受けてこれに出頭したこと、その後、第一審申立人は、刑事事件で懲役四年六月に処する旨の判決を受け、右判決が確定し、昭和五一年二月一七日右刑の執行のため札幌刑務所に移監されたが、同刑務所長の許可を受けて、札幌地裁事件の第二回口頭弁論期日にも出頭したこと、その後第一審申立人は、函館少年刑務所に移監されたが、同刑務所長に対し札幌地裁事件の第三回口頭弁論期日である昭和五一年四月二〇日に札幌地方裁判所に出頭するにつき許可申請をしたところ、同刑務所長は同年四月二〇日これを不許可にしたこと、更に第一審申立人が右事件の検証、証人尋問の証拠調期日である昭和五一年一〇月二六日に出頭するにつき許可申請をしたところ、函館少年刑務所長は同年一〇月一九日これも不許可にしたこと、そこで第一審申立人が函館少年刑務所長に対し、右二回の不許可処分の理由の説明を求めたところ、同刑務所長は、前示のとおり、第一審申立人が本案事件の請求原因の中で述べているような事由を挙げて不許可の理由を説明したこと、以上の事実が一応認められる。

三(一)  そこで、第一審相手方国の抗告理由一について判断する。

懲役刑の確定判決を受けて刑務所又は少年刑務所(以下、これを一括して刑務所という)に収容されている受刑者は、刑執行の目的のため拘禁されているのであるから、仮令民事事件又は行政事件の訴訟を提起した場合であつても、訴訟追行のために、当然に裁判所に自ら出頭できるものではない。

右受刑者は、刑務所長の許可がある場合に限つて裁判所に出頭することができるものである。

右の点に関し、第一審申立人は、本案事件の請求原因の中で、凡そ裁判所に訴訟事件の当事者本人として出頭する権利は、憲法上のものであるから、函館少年刑務所長が第一審申立人に対して札幌地裁事件の口頭弁論期日出頭を不許可にしたのは違憲である旨主張している。成る程、憲法第三二条は、民事事件及び刑事事件について言えば、何人も自ら裁判所に対して訴訟を起こして権利利益の救済を求め得ること即ち、裁判を受ける権利を保障しており、また憲法第八二条一項は、裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う旨定めており、これは、民事事件又は行政事件について言えば憲法の許容する例外の場合を除き、公開の対審を保障したものと解され、このように解することは憲法第三二条が裁判を受ける権利を保障した趣旨にも合致する(最高裁大法廷判決昭和三五年七月六日最民集一四巻九号一六五頁参照)。而して憲法上の右の保障は、民事事件又は行政事件の訴訟を起こした者は、憲法の許容する例外の場合を除き、右事件における対審のため裁判所に出頭することができることを前提としたものということができるから、右事件における対審のため裁判所に出頭することができることも亦憲法の許容する例外の場合を除き、憲法の保障するところといわなければならない。しかしながら国家が法律の定める手続によつて人身の自由を奪い得ることは憲法第三一条の反対解釈上明らかであり、刑事事件の確定判決を受けた者は法律の定める手続によつてこれを受けたものと推定されるし、また所謂自由刑である懲役刑を受けた者は監獄に拘置し定役に服させることになつている(刑法第一二条二項)のであるから、刑務所に収容されて服役中の懲役刑受刑者が民事事件又は行政事件の訴訟を起した場合、仮令本人自ら右事件の裁判の対審のため裁判所に出頭することができないとしても、これは憲法の許容する例外の場合の一つに当たるものと言わなければならない。なお、民事事件又は行政事件について言えば、訴訟法上口頭弁論期日が憲法第八二条一項にいう裁判の対審に当たるものと解されるのであるが、右受刑者は、民事事件又は行政事件の訴訟を起こした場合に、仮令、本人自ら右事件の口頭弁論期日に出頭できないとしても、裁判そのものを拒否されることはないし、訴訟法上、訴訟代理人に委任して口頭弁論期日に出頭してもらい訴訟追行をしてもらうことができることになつている(なお、訴訟費用を負担する資力のない者のために訴訟救助の制度があるほか、費用の関係で弁護士である訴訟代理人に直ちに委任できない者のために、不充分ながら、法律扶助協会による法律扶助によつて弁護士である訴訟代理人に委任する途もあり、右受刑者だからといつてこれらの利用を妨げられることはない。)から、前記受刑者については、一般の場合の例外として、本人自ら右事件の裁判の対審のため裁判所に出頭することが憲法上保障されていないと解しても、実質的に見て不当なものとは言えない。従つて第一審申立人の前記主張は、理由のないものである。

以上のとおりであるから、刑務所長は民事事件又は行政事件の訴訟を起こした、服役在監中の受刑者から裁判所への出頭許可申請があつた場合には当該受刑者を、裁判所に出頭させることが当該受刑者に対する刑の執行に支障を来たさないか否か、当該受刑者を裁判所に出頭させるために必要な護送が容易か否か等を考慮し、その裁量によつてその許否の決定をすべきものであり、右裁量に当つては、仮令右のような受刑者と雖も、裁判を受ける権利が憲法上保障されているものであることを念頭に置かなければならないことはいうまでもない。

右の見地に立つて本件を見るに、函館少年刑務所長が第一審申立人に対してした前示出頭不許可処分については、第一審申立人の自陳にかかる、その理由によれば、同所長に裁量の誤りがあつたものとは認められず、それは適法なものであつたと認められる。

そうだとすると、第一審申立人は、本案事件中、損害賠償請求の訴について勝訴する見込はないものといわざるを得ない。

右のとおりとすると、第一審相手方国の抗告理由一は理由があり、従つて本案事件についての第一審申立人の訴訟救助の申立中、第一審相手方国に対する損害賠償請求の訴についての部分はこれを却下すべきである。

(二)  よつて第一審相手方国の本件抗告は理由があり、原決定主文一項は不当であるから、民事訴訟法第四一四条、第三八六条に則つて原決定主文一項は、これを取消すことにする。

四(一)  次に、第一審申立人の抗告理由について判断する。

第一審申立人の本案事件における函館少年刑務所長に対する請求は、行政庁としての同所長に対する義務確認訴訟(請求の趣旨二項)、処分の差止め訴訟(同第三項)、義務づけ訴訟(同第四項)であるが、この種のいわゆる無名抗告訴訟は、三権分立の建前上、また行政事件訴訟法の諸規定の趣旨に照らすと、原則として許されないものであり、ただ行政庁が特定の行政処分をなし、又はなすべからざることが法律上一義的に羈束されていて自由裁量の余地がなく、裁判所が裁判をしても行政庁の第一次判断権を実質的に侵害したものと言えず、しかも行政庁がその処分をしないこと、又はすることによつて、国民が現実に損害名被り、又は被る危険がさし迫つていて、而も裁判所の裁判によるより他に適切な救済手段が存しない場合に限つてこれを許されるものと解するのか相当である。

右の見地に立つて本件を見るに、第一審申立人から函館少年刑務所長に対して、札幌地裁事件の期日に出頭許可申請があつた場合同所長がそれを許可するか否かは、同所長の裁量にかかるものであつて、同所長はそれを許可すべく一義的に羈束されているものでないことは前記三の(一)で説示のとおりであり、また、このように解してもなんら憲法違反になるものでないことも亦前記三の(一)で説示したとおりである。そうだとすると、爾余の判断をなすまでもなく、本案事件における第一審申立人の函館少年刑務所長に対する前記請求の訴は、不適法として却下を免れないものと認められ、勝訴の見込はないものといわざるを得ない。

右のとおりとすると、第一審申立人の抗告理由は失当であり、本案事件についての第一審申立人の訴訟救助の申立中、函館少年刑務所長を被告とした前示請求の訴についての部分は、これを却下すべきである。

(二)  よつて右と同旨の原決定主文二項は相当であつて、第一審申立人の本件抗告は理由がないから、民事訴訟法第四一四条、第三八四条一項に則りこれを棄却すべきである。

五よつて本件各抗告費用の負担につき、同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

別紙一

【抗告の趣旨】 原決定中被抗告人甲の申立を認容した部分を取消す。

被抗告人の本件申立を却下する。

【抗告の理由】 一、本件については勝訴の見込みなきに非ざるときにあたらない。

すなわち、被抗告人は抗告人国に対し金二〇万円の損害賠償請求をなしているのであるが、その請求の原因として主張するところは、相被告函館少年刑務所長が札幌地方裁判所昭和五〇年(ワ)第八九〇号損害賠償請求事件について昭和五一年四月二〇日および同年一〇月一九日の二回にわたり原告になした各出頭不許可処分により苦痛を受けたというのである。

しかし函館少年刑務所長が行つた右各処分は、いずれも刑の執行という国家目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内において、当該訴訟事件の種類、性質および出廷が刑の執行に及ぼす影響、護送の難易等を綜合的に勘案のうえ合目的的に決定したものであつて、同所長の自由裁量に属する行為である。したがつて、右各処分については当・不当の問題は生じても、違法の問題は生じないものであるといわなければならない。もつとも場合によつては違法の生ずる余地がないわけではないが、当該処分が違法であるというためには特段の事由の存在が必要と解されるところ、本件各処分には何ら右のような事由は存しないのであつて、原告の主張は理由がなく、本訴は速やかに棄却されるべきものであるから、本訴は勝訴の見込なきに非ざるときにあたらないものというべきである。

なお、在監者を民事裁判に出廷させるか否かが刑務所長の自由裁量に属する行為であることは貴裁判所昭和五二年(行ス)第一号事件においてつとに明らかにされているところである。

二、被抗告人は「訴訟費用を支払う資力なき者」に該当しない。

1 被抗告人は、その衣食住のすべてを国費によつてまかなわれる受刑者であるが、昭和五二年五月一三日現在、領置金として金七、八二八円、作業賞与金として金三、四八七円、合計金一万一、三一五円の現金と保管郵券八二三円を保有しているものである。

ところで、申立人は領置金において、同人が函館少年刑務所に入所した昭和五一年二月一七日以来、昭和五二年三月二日までの間において、同人の父・母等からすでに四万七、〇〇〇円の現金及び七、五五〇円の郵券差入れを受けているものであり、今後も金銭及び郵券の差入が継続されることがうかがわれる。

2 被抗告人の当面の本訴事件における訴訟に要する費用としては、印紙代として金三、七〇〇円、郵券代として金四、五〇〇円、合計金八、二〇〇円にすぎないものであり、この程度の費用は前記申立人の潤沢な領置金収支の経過からしても、その保有現金から支支出することは容易であるといわざるをえない。

また、訴訟の進行に伴い更に訴訟費用がかさむとしても、そのような費用は、その必要の都度、その時の被抗告人の保有金の状況を勘案しながら、個別的に救助を与えれば足りるものと解されるのであつて、現段階において包括的な救助を与える必要性はごうも存しない。

3 以上のとおりであるので、申立人は訴訟費用を支払う資力なき者には該当しないというべきである。

三、以上のとおり、前記決定は民事訴訟法一一八条の解釈を誤つた違法があり取消しは免れないものと思料する。

別紙二〈省略〉

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